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観光スポット - staffさんのエントリ

黒仁田神社
by staff 2015/03/20(5:04 pm)













黒仁田神社

鎮座地 : 向山下椎葉4040 

創建不詳。享保13年(1728)に社殿が全焼し、翌14年(1729)再建。大正15年(1926)に再び全焼し、昭和2年(1927)に現在地に再建されました。熊本県御船の豪族「甲斐氏」を祀っています。





【黒仁田様】
甲斐主水之助は肥後の国・御船の豪族で、北条氏の鎌倉時代に御船殿の兄と分家して向山黒仁田に住みつき、村人は「黒仁田様」と呼んで尊敬しました。
黒仁田に残る地名で「お座」は邸宅跡、「前園」は花園跡、「上のお倉」や「下のお倉」は食糧・武器・家財の貯蔵倉、「まり打ち場」は女中や姫君がまり打ちをして遊んだ跡、そして、秋元地区の「蔵の平」は隠し蔵跡と言われます。
黒仁田の主要部分は、丈夫な垣で囲われ、垣の外に侍屋敷がありました。


【若宮大明神】
金山を持っていた主水之助は大変裕福で、勢力は三ヶ所や馬見原まで延び、それをねたんだ御船殿の家臣が「主水之助は御船様の領分を侵す下心がある」という嘘の報告をします。
それを信じた殿様は、主水之助を呼び出し毒殺してしまいます。
すぐ帰るはずの主水之助が帰ってこないので、心配した御用鍛冶の新太郎はひとりで御船に乗り込み、毒殺されたことを知ります。
新太郎は仇討ちを決意して御船の館に単身切り込み、かたっぱしから敵をやっつけましたが、最後は槍で刺されて命を落としました。
その後、黒仁田の館では、御船から攻めてくるのを恐れて、金銀財宝を何処かに隠し、家族や家臣は四散しますが、向山中山の豪族・高千穂太郎の末孫の家臣になったものが多かったと伝わります。
黒仁田様を敬愛していた村人は、黒仁田の守護神として森山に社殿を建て、甲斐主水之助の家族6体と御用鍛冶・新太郎1体の7体を若宮大明神として祀りました。

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